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視覚障害の治療につながるヒントを発見!!研究者としてのキャリアを選んだ理由

沖縄科学技術大学院大学 研究員 神経発生ユニット(政井一郎准教授) グループリーダー

西脇 優子さん

沖縄科学技術大学院大学 研究員 神経発生ユニット(政井一郎准教授) グループリーダー

大阪出身。1992年大阪大学生物学科を卒業後、1994年奈良女子大学院にて修士号(生物学)を 取得。 1998年に、大阪大学院にて「メダカ網膜における錐体細胞の分化機構の解析」を研究し、博士号(理学)を取得後、日本宇宙フォーラムにて研究員(ポスド ク)として、宇宙(無重力下)でのメダカの姿勢制御と視覚について研究。1998-2002、理化学研究所脳科学研究総合センターに研究者として、ゼブラ フィッシュを用いた遺伝的解析を行うグループ(研究対象がメダカから、当時分子生物学的手法がより整っていたゼブラフィッシュに変わりました)に所属。 2002-2006年、理化学研究所 政井独立主幹ユニットにて研究者として所属後、2006年よりOIST 神経発生ユニット研究員に、昨年より グループリーダーとして活躍中。

取材日:2015年3月

中高生の頃のお話

中高生時代はどのような生徒でしたか?

いろいろなことに挑戦したい性格で、高校時代には物理研究部と文芸部に入っていました。物理研究部では無線をいじっていましたね。文芸部では、古今を問わない新たな百人一首を選出する、という活動をしていたのがとても印象に残っています。

「無線」と「百人一首」ですか!面白いですね。 理工系を最終的に選ばれた理由を教えてください。

数学は苦手ではなかったんですが、文系科目、特に国語が得意でした。高2の文理選択のときは、将来資格を取りたいという思いや、医者への憧れなどから理系を選択しました。理系に進学したほうが、「つぶしが利くのでは」という発想もありましたね(笑)

どのように大学を選ばれたのですか?

oist_02_12つのことに影響を受けて大学を決めたんです。1つは、大阪大学は高校の先輩である手塚治虫先生が行かれた大学だったから(笑)。もう1つは、小学校の時の塾の先生が大阪大学の大学院生だったことなんです。

ユニークな先生が多かったうえ、休み時間に研究分野や研究室の写真を見せてくれたのが、楽しかったんです。研究室や、研究に関する「生」の写真を見 たことが非常に印象に残っていましたね。あとは、親がテレビなどを捨てる際に分解してみせてくれるなど、理工系のことに触れる機会が多かったことも一因か もしれません。

大学・大学院時代のお話

大阪大学に進学され、実際の研究室はいかがでしたか?

1年生の時から、クラス担任の先生が「やりたいことがあれば研究室に遊びに来て、テーマを考えて、色々なことに挑戦していいよ!」というスタンスだったんです。

藻類の先生だったんですが、藻類の材料をポンッと提供してくれるんです。私は、スピルリナという螺旋形の藻類が、強い光を避け最適な光のもとへどう移動す るのかを、寒天の上に置いて観察していました。あとは、スピルリナは粘性のある物質を作って、その中で動くんですが、その原動力が何かを考えたりという研 究をしていました。

奈良女子大学大学院に進学しようと思った理由は?

まず、周りのほとんどの人が修士までは進学するという雰囲気だったのと、もともと就職は念頭になかったんです。ですので、そのまま大阪大学の大学院 への進学を希望していたのですが、実は試験で失敗してしまったんです(笑)。そこで、奈良女子大学大学院とのご縁があり、そちらに進学することになりまし た。
希望通りの進学先ではなかったのですが、実際に進学してみると、女性ばかりの環境で勉強できたのは本当によかったと思います。とてもオープンな校風がありましたし、全く別の視点から物事を見ている人と机を並べて学べ、交流できたのはいい刺激でした。

研究者としてのキャリアを選んだ理由や、その時期の心境について教えてください

oist_02_2自 分がやりたいことができるのが、大学にあると思ったからです。正直、「将来食べていけるのか」という不安はありました。男性の先輩から、「同じ人材ならば 男子を取る世界だ」と聞かされていましたし、女性の先生からも、「女子は男子の1.5倍できないとダメだ」とも言われていましたからね。でも、博士号取得 を目指していた女子が自分一人だけじゃなかった、という周りの環境が心強かったですね。いざとなれば、塾で講師をしてもいいかなと思っていました(笑)

現在から振り返って、社会に出たときに役立った大学時代の勉強・経験はありますか?

学生時代に茶道をしていいたことがあるんですが、実験の理屈と似ていているなぁと思っています。例えば、茶道ではお茶をたてた後、汚れたものはお茶 碗の上を通さないんですけれど、実験のピペットを扱うのにも同じことが言えるんです。あとは、お茶をたてる時には物の配置が重用なんですが、合理性を求め る実験の物の配置にも、茶道の配置と同じ理屈が通用するんです。

現在のお話

沖縄科学技術大学院大学(OIST)に活躍の場を移そうと思った理由について教えてください。

それまで所属していた政井独立主幹ユニットが、そのままOISTに移ったんです。先生が全員に「網膜に特化する研究をすることになったから一緒に来るか」とおっしゃったので、ここでお世話になることに決めました。

ゼブラフィッシュを用いた研究では、どのような研究をされているのでしょうか?

ゼブラフィッシュゼ ブラフィッシュ変異体の視細胞が壊れていくメカニズムを調べています。魚を使っても、人間と同じような症状を経て壊れるので、最終的に視細胞が壊れるとい うメカニズムの解析ができるんです。どうして壊れるのかがわかれば、他に影響なく、どうそのスイッチを止められるかがわかります。そうすることで視細胞が 壊れることを防げるので、この遺伝病の症状を遅らせるのに応用できるかもしれないんです。

【写真】ゼブラフィッシュ

これまでの研究の中で遭遇した『壁』と、それをどう乗り越えたかを伺えますか?

たくさん大変なことはありますよ(笑)。そんなとき、いつもこう考えるんです。「宝くじが当たりました。そのお金だけで一生暮らせます。それでもやりたいですか」って。そうすると、「やりたい、やらせて下さい!」って思うんですよ。半分くらい中毒です(笑)
あと、沖縄の雰囲気もありますね。フラダンスを始めて、体を動かす・音楽に合わせることに脳をつかう時間ができたので、クールダウンできるようになったと思います。全く違うことに集中できるのはいいですね。

OISTの研究環境をアピールするとすれば、そのベスト3は?

oist_02_41 つは「プレ留学」ができることですね。しかも、留学では出会える人の国籍が偏りますが、OISTには30以上の国と地域から多種多様な人が集まり、みんな カタコトの言葉でも一生懸命伝えようとするので刺激的です。2つ目は、「壁」がないこと。全く違う分野の研究員同士の交流があるので、わからないことはす ぐに専門家に聞きに行ける、という最高の環境が整っています。3つ目は最高の研究設備が整っていることです。特に、生物分野ではイメージングに力を入れて くれているので、研究に思う存分打ち込めます。

他大学にはないような環境ばかりですね。西脇さんのこれからの生活や仕事での夢について教えてください?

oist_02_5もっと自分を伸ばしたいと思っています。以前キャンパス案内をしたときに、学生さんとの交流を通して、教えられることが多かったんです。その時に自分もより深めていける感覚をつかめたので、もっとそうした側面から自分を伸ばしたいですね。

【写真】様々な国や地域の学生・職員たちと

 

最後に、後輩の理系女子たちへアドバイスを!

苦しくてもやめられないことを探した方がいいですね。苦しいことの方が多いけど、その先に楽しいこともあるんです。私自身は、英語をもっとやってお けばよかったと思っています。受験英語は役に立たないとよく言われますけど、集中して英語を勉強できる期間って貴重なので、積極的に勉強しておくといいと 思います。

魚を使った研究が、人の病気を治す技術になっていく。後輩たちの進路選択にも参考になりますね。貴重なお話をありがとうございました!

 

★OSITで活躍する「ステキ理系女子」を他のページでも紹介しています。是非コチラもご覧ください。

 【リー仲宗根尚子さん】: 筑波大学生物学類卒業後、東京大学大学院農学生命科学にて修士号取得。現在はOISTにて、広報ディビジョンにて翻通訳者として活躍中。博士課程在学中に その進路を変更し、理系の知識を活かした翻通訳者への道を選択。彼女の決断とこれからの夢についてのお話です。=> http://kawaiixscience.com/girls/2904

 【キャロリン スタージンスキさん】ドイツ出身のキャロリンさんは、現在OISTの博士課程プログラムにて「遺伝学モデル」を研究中。博士号を取得する地として、なぜOISTを選択したのか、また「母親」と「学業」の両立ついてのお話もあります。=> http://kawaiixscience.com/girls/2916

 

●関連サイト: 沖縄科学技術大学院大学(OIST)

  • カメラマン:矢嶋 健吾

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